ゆらふわくらげ

ゆらゆらふわふわな日記

体罰|殴った方も痛い?しつけ・指導という名の暴力に思う

こんな言葉を昔聞いた。『殴った方も痛い』

だったら、殴るなよ と思う。

スポーツ、学校、家庭、まだまだ体罰がなくならない。

本人の為? 必要な指導?

身体の痛みでしか わからせられないことってあるの?

それは、実際に人を傷つけたことに対して、その同じ痛みをわからせる時だけじゃないのかな。


自分の理想どおりにならないから、手っ取り早く、暴力を振るう。

まず、他の指導の仕方を考えるべき。指導する側が工夫すべきだよ。

うまくいかないことを ただ発散しているだけのようにしか思えない。


周りが見てられないような、恐怖を感じるような暴力はおかしい。

例え やられた方が大丈夫、信頼してるからと言っても。

そんな考えがまかり通ってはいけない。


愛がある暴力って、頭やお尻をポン。デコピン程度でしょ。

子供がされていることを知っても、それでも信頼して預けている親の気持ちがわからない。

当たり前、これは必要な指導なんだと 考え方が支配されている。


これ、見ている側も恐怖です。トラウマになりますよ。


私は40代後半。子供の頃、学校で体罰ありましたよ。

今のように問題にならなかった時代です。

何十年も経っても覚えているんですよ。


小学生の時は先生が長い木の棒を持っていました。

忘れ物、宿題をやってこなかったら、朝 前に並んだ。

一人ずつ、頭に木の棒が落ちてきました。


痛かったですね~。通学の途中で気づいた時はブルーでした。

親に叩かれたことは、いちいち報告しませんでした。

だって、悪いことをしたのがバレちゃうから。

また、忘れ物したの!って親にも怒られちゃう。

自然とそういう考えになっていました。

 

まだ、可愛い体罰です。

『いたっ、いっけね~』クラスのみんなもゲラゲラ。

そんな教室の雰囲気でした。


中学生の頃、一番嫌だったのが、体育の授業。

今はクォーターパンツですが、当時はブルマーなんですよね。

私がたまに忘れたのはゼッケン。

ホックで体操服の前後にゼッケンをつけるんです。

洗濯の時にはずして そのまま。


この忘れ物に対しての罰が、太ももを両手でパーンと平手で叩くの。

赤く手のひらの跡が奇麗につきました。

痛いのと、みんなの前でされて恥ずかしいのと両方で嫌でしたね。

やったのは女性の教師でした。


そして、一番記憶に残っているのが夏休みが明けた後、宿題を忘れたことによって起きた体罰。

人数が多かったんです。

もともと、キレやすい先生でした。その時は、本当に怒っていた。

歯をくいしばれと一人ずつ容赦なく殴った。

見ていられず、目をつぶった。怖かった。


隣の子が席に戻ってきた時、鼻血が出ていた。

何人も鼻血が出ていたと思う。

後から聞いたら、鼓膜が破れた子もいた。


私達は度を超えた暴力に反抗しました。

音楽室にたてこもったんです。

その後の授業ボイコット。

他の先生が説得に来ました。


その後、先生は謝った。

1人ずつ、自宅を訪ね、親にも謝罪を。

それで終わりました。

今だったら問題になったでしょうね。

他のクラスの子達にどうしたの?って聞かれた程度の騒ぎでした。


その後 普通に卒業まで、この先生いました。

ただ、暴力はなくなりました。

人が変わったように優しくなった。

子供が産まれたことで人が変わりました。

和気あいあいとしたクラスになったんです。


こんな時代でしたね。昔話をしてしまいました。

学校自体が荒れてた。先生も舐められないように必死だった気もします。


今は違うでしょ。まだ、あんな暴力があることに驚きです。

やられた方が私はこれでいい。

これぐらいは平気だと言ったら変わらないです。

負の連鎖が続くだけ。当たり前ではないから。


殴った方も痛い ではない。

痛いのは、殴られた側の身体と心、そしてそれを見ている人の心です。